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今月のメッセージ2025
毎月の教会新聞に掲載している、司牧チームによる「巻頭言」の2025年のバックナンバーです。
2025年12月号 掲載
キリストポルの川
ユン·サンホ(ヨハネ)神父
自分の罪を脱ぎ捨てて新しく生きようと誓った、ある若者がいました。 彼は川を渡る人々を背負い岸に渡すことを一生の召命と思って、奉仕しながら生きるようになりました。そんなある日、ある幼い少年がドアを叩きながら川を渡らせてくれと哀願しました。
彼はすぐに背を差し出して、少年を背負って水の中にざぶざぶと入って行きました。ところが不思議なことに、川の真ん中で少年の重さが鉄の塊のようにどんどん重くなって行くのです。
あまりの重さに、下ろしたい衝動を抑えながらようやく川を渡った彼は、向こうの砂浜に着くやいなや、少年を投げるように下ろして、ぱっと振り向きました。
その時、あ! 驚くべきことが···
そこには、彼があれほど懐かしがっていた赤ちゃんイエス様が、明るく微笑んでいたのです。 有名な聖グリストポールの話です。
人生の川を渡る私たちが背負っていかなければならない荷物は、本当にたくさんあります。 私たち自らが作った荷物、他人が与える荷物、それに加えて軽く背負って行く荷物、降ろしたい荷物など…
しかし、それらがまさに私たちの人生の一部であり、愛である神様の分身なら、それはもう荷物ではなく、大切に抱(いだ)き、抱きしめたいプレゼントになるのではないでしょうか?
待降節を示すアドヴェントは、「到着」の意味です。神が訪れて下さり、私たちのうちにおられること(到着されたこと)を思い起こしましょう。でも「恵」(降誕の喜びと平和)を受けるためには、準備が必要です。
無意識に生き(信者としてのアイデンティティーは?)、社会に流され、食べるために生きる者になってはなりません。(何のためにいそがしいのか?)信仰は訓練でもあるのです。イエス様はなぜ、貧しい幼子の姿で来られたのでしょうか。
キリストポルのように、小さく弱くされた人の中にイエス様を見て、いつも私たちと共に、弱く見える人の中におられるイエス様から、私たちが許され愛されたものであることを伝えなくてはなりません。愛と奉仕、正義の実践を果たしましょう。
そして羊飼いたちも辛い場所、寒い牧場で天使を見ました。マリアもヨゼフも外にいます。東方の博士たちも長い旅をしてイエス様に出会います。みんな外にいます。私たちも自分の外に出てイエス様を見つけるのです。
心から探すなら、かならず見つかります。そして見つけたイエス様といつも、共に歩みましょう。
2025年11月号 掲載
死者の月に
しろきたブロックモデラトール Fr.長崎壮神父
カトリック教会では 11 月を死者の月としていますが、日本の教会に固有なこととして聖母被昇天祭の日、あるいはその前後に死者追悼記念ミサや死者のための特別な祈りを捧げる教会が多いことが挙げられます。仏教のお盆期間が僅か一週間ほどであることを考えると、カトリック教会は、お盆の期間に加えて 11 月のひと月かけて死者のために祈ることを励ましているのですから、私たちのカトリックの信仰がどれだけ死者のことを大切にしているかわかります。
この死者の月を私たちはどのように過ごせばよいでしょうか。お墓参りも大切ですが、心落ち着く秋に祈りの中で先に神様のみもとに旅だった親や兄弟との思い出を静かに黙想するといいでしょう。私はこの季節になると、これまでの人生の歩みの中で出会った家族や恩人たちのことをしみじみと思い出します。ときには感謝の感情が、ときには悲しませたのでは、との後悔の感情も起こってきますが、それらの思いのひとつひとつが死者への追悼の祈りとなっていきます。
このひと月、すでに神様のみもとにいる人々、そして希望をもって天国への歩みを続けている人たちとの友情を祈りを通じて、深めていきましょう。
もうひとつこの死者の月で大切なことは、私たちも自分の死について考えることです。古くからあるカトリック墓地や修道院の墓地では、MEMENTO MORI(メメント・モリ)とラテン語で書かれた碑を目にすることがあります。
直訳すると、「死を忘れるな」という意味で、それは「過ぎ去っていく現世に固執しすぎない」という
意味にも取れます。現世を生きている私たちにも例外なくこの地上に別れを告げるときが来るのです。
この真理を考えることによって、私たちも自分の命について、この地上の旅路を終えたのちのことについても真剣に考え、向き合うことができるようになります。
日本語でもカトリック教会の死に関する考え方、真理をよく表している “帰天”ということばがありますが、その意味するところは、私たちも地上の生活を終えたのち、神様の身もとに帰るということであり、キリスト者にとって、天国こそ真のふるさとであるという考え方です。
私たちの“いのち”の創造主は神様であり、私たちは神様に望まれて、この世に生を受け、この世のつとめを終えたのち、また神様のみもとに帰っていくよう召されているのです。
私たちがいつか帰省するふるさとである天国には、神様と諸聖人たち、そして私たちよりも先に旅立っていった家族や親しい人たちが、私たちが帰ってくるのを待っていてくれます。この世でも私たちは里帰りするときには、お土産をもっていくと喜ばれますが、私たちが神様のみもとに帰るとき、神様がいちばん喜ばれるお土産は、地上にいた時の社会的な功績ではありません。
私たちが、神様からいただいた賜物である命をどれだけ感謝して大切にして生きたか、どれだけ神様と隣人を大切にしてきたか、その愛徳の生きた証しが神様に喜ばれるお土産になります。
2025年10月号 掲載
わたしの歩み
ハイメ・シスネロス神父
今回はわたしの歩みについてお話しさせていただきます。
わたしの信仰は、母のキリスト教的霊性による育て方の影響が強かったと思います。その結果、12歳の時に小神学校の門をたたき、受け入れられました。その修道会はクラレチアン宣教会でした。
小学校6年生と中学校を卒業。その後の3年間に、文化、歴史、ラテン語、ギリシャ語、要理、聖書入門などを学びました。それからの修練の1年では会のカリスマと聖霊、哲学と神学を学び、入会以来、合わせて7年間の準備を経て司祭叙階を受けました。
宣教師としては、自分の国メキシコで3年間働きました。日本派遣は1977年4月のことで、日本語の勉強を2年したのち、最初の赴任地、枚方教会に2年、今市に3年、その後フィリピンへ行って宣教師養成を1年、帰国後大東教会に5年、幼稚園で8年を過ごし、その後はしろきたブロックでの長い期間が今でも続いています。これまでのわたしの思いをまとめて言うと、宣教・司牧活動を通じて出会った人々との交流など、喜びいっぱいの日々でした。これらの体験はお恵みであり、わたしの宝です。
来日からの最初の10年間は、司牧における基本的なこととして、幼児洗礼、初聖体の準備、キリスト教入門講座で大人の洗礼を受ける準備に力を入れ、11年目からは、聖書100週間をまず大東教会、次に今市教会、門真教会の順に取り組みました。
その他レジオ・マリエにも力を入れてきました。レジオ・マリエの霊性において大切なものはロザリオの祈りです。わたしは子供時代から、家族で毎日唱える習慣を身につけました。また、ロザリオの祈りだけでなく、聖体訪問も好きです。両方とも母から学びました。
クラレチアン宣教会の創始者聖アントニオ・マリアクラレットは、宣教師として聖書のみことばに親しみ、祈り、そこから得たものをのべ伝えるというパターンで宣教しました。聖母マリアが好きで、ロザリオだけでなく、様々な聖母信心を実行していました。自分もそのような霊性が好きで、聖クラレットのカリスマを尊敬し、忘れることはありません。聖クラレットは、みことばの奉仕とマリアへの崇敬、ミサ聖祭、聖体の秘跡、聖体賛美式、ロザリオの祈りに熱心に励むことを人々に勧めました。
ここにクラレットの祈りを一つ紹介します。
「私の主、私の父よ。わたしがあなたを知り、あなたが全ての被造物によって知られますように。わたしがあなたを愛し、あなたがすべての被造物によって愛されますように。わたしがあなたに仕え、あなたがすべての被造物によって仕えられますように。わたしがあなたを賛美し、あなたがすべての被造物によって賛美されますように。(クラレット自叙伝233)」
最後に、10月7日はロザリオの聖母マリアのお祝い日です。10月はロザリオの月です。一人一人でも祈り、共同体でも祈りましょう。
また10月24日は聖アントニオ・マリア・クラレットのお祝い日です。みなさんに、上記のクラレットの祈りを勧めます。
これまで心から手伝ってくださった皆様に感謝します。
2025年9月号 掲載
平和
フェリックス・マルティネス神父
今回の巻頭言を書こうとしている今日は、長崎原爆の80周年の日です。この原爆によって亡くなった人の中にはカトリック信者が多かったそうです。広島原爆と一緒に、忘れてはいけない、世界の歴史の中でも悲惨な出来事でした。
この一週間は、戦争や平和に関するテレビ番組や新聞記事でのイベント等が多くあります。「平和とは何か」と考えると「戦争がないこと」と言いがちですが、果たしてそれだけでしょうか。
60年ぐらい前から十数年前までは、修学旅行と言えば、広島、長崎、沖縄の旅行でした。その際は、被爆体験や戦争の被害を中心とした、学校での平和教育がされていました。その後アジア太平洋戦争のこともクローズアップされ、被害の歴史と同時に加害の歴史も意識するようになりました。しかし、「原爆を落としたアメリカが悪い」、それとも「アジアで非道なことをした日本軍が悪い」という結論になってしまうとしたら、それが平和教育になるのだろうかと疑問が残ります。
話の観点を変えます。第三世界と呼ばれる国々、自然災害を受けた地域にいる人々が、戦争はないけれども平和な暮らしをしているとは思わないでしょう。
貧困、差別、人権問題、環境破壊等が日常的な状態では、戦争がなくても平和とは言えません。「消極的平和」という学者はいます。それに対して「積極的平和」とは、人々が、安全な日常生活を送ることが出来、恐怖と欠乏を感じない生活ができる状態のことを言います。
「○○が悪い」という話になってしまうことは、平和につながらないように思います。キリスト教的な考えでは、「平和とは何か」の質問に対する答えは、「人を大切にすること」だと思います。愛とゆるしの話ではないでしょうか。
旧約聖書における神が、戦う神として描かれる個所がたくさんあります。戦争を肯定するかのような部分も少なくありません。戦争を否定する言葉もあります。特に戦争が絶えない時代に生きたイザヤ預言者はこのように話します。「主は国々の戦いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国々に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」(イザヤ書2章4節)。ニューヨークの国連本部前の壁に刻まれている言葉です。
「シャローム」(平和)の元の意味は、安否、元気、無事、安らぎ、繁栄、仲間…人が人間として生きるのに望ましい状態という意味だと思います。
イエスキリストは、困っている人、一人ひとりに向き合って寄り添う生き方を残してくださいました。貧困などに心を痛め共に生きる人でした。「積極的平和」を実現する人でした。
現在のロシアによるウクライナ侵攻やパレスチナのガザ地区のことに当てはめると言葉を失いますが、あきらめたくはありません。
2025年8月号 掲載
心の平和への道
タラン・スン・ニュ・イ神父
私たちが生きるこの時代は、絶え間ない情報、緊張、そして不確実性に満ちています。スマートフォンの通知、職場のプレッシャー、病気、人間関係の不安、将来への心配——そのどれもが、私たちの心の中に小さな波を立て、時には荒れ狂う嵐のようになってしまいます。多くの人が休息を求め、癒しを探し、何よりも「心の平和」を渇望していることでしょう。
では、カトリック信者として、私たちはどこでその「平和」を見つけられるのでしょうか? その答えは、いつの時代も変わらぬ光を放ち続ける聖書の中にあります。
まず、イエスご自身が弟子たちにこう語られました。「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える」(ヨハネ14:27)。この「イエスの平和」とは、世が与える一時的な安心感や表面的な静けさとは異なります。それは、十字架の苦しみのただ中でも揺らぐことのない、神との深い交わりからくる静かな確信です。私たちは、日々の問題を完全に取り除くことはできません。しかし、キリストが与えてくださる平和は、問題の「中で」も失われないのです。
では、私たちは具体的に、どうすればこの平和に向かって歩めるのでしょうか? まず第一に、祈りの時間を大切にすることです。フィリピの信徒への手紙で聖パウロはこう勧めています。「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝をこめて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えを守るでしょう」(フィリピ4:6-7)。忙しさの中でも、静かに神に心を向ける時間を持つことは、魂にとっての「深呼吸」です。特別な言葉が必要ではありません。心のうちを神に開き、「主よ、ここにおります」と告げるだけでも、すでに平和への扉は開かれています。
第二に、神の摂理への信頼を学ぶことです。私たちはあらゆることを「自分の手でコントロール」しようとする傾向があります。しかしマタイによる福音の中で、イエスは私たちに問いかけます。「空の鳥を見なさい…野の花を見なさい…あなたがたの天の父は、それらを養ってくださる。まして、あなたがたにしてくださらないはずがあろうか」(マタイ6:26-30)。神は今日という一日にも、私たちに必要な恵みを備えてくださっています。すべてを思い煩うのではなく、神の御手の中に明日を委ねることが、心の平和につながるのです。「なるようになる」ではなく、「神のようになる」ことを願うのです。
第三に、隣人への愛と赦しを実践することも心の平和には欠かせません。心の中に誰かへの怒り、嫉妬、恨みを抱えたままでは、いくら外側が静かでも魂の奥深くはざわついています。マルコ福音11章25節では、「立って祈るとき、だれかに対して何か恨みに思うことがあれば、赦してあげなさい」と勧めています。私たちは皆、不完全で、誰かを傷つけ、また傷つけられてきました。けれども、赦しの恵みこそが、心に真の解放と安らぎをもたらすのです。小さな一歩でもよいのです。祈りの中でその相手を神に委ね、「主よ、私は赦したいです」と願うところから始めてみましょう。
そして最後に、感謝の心を育むことも、魂の静けさを深める秘訣です。「ありがたい」という言葉には「有り+難い」、つまり当たり前でない恵みに気づく視点があります。日常の中で、「ありがとう」と言える出来事を一つでも見つけることは、神の祝福を数えることと同じです。朝の陽射し、小鳥の声、誰かの笑顔、温かい食事——それらすべてが、神からのささやかな贈り物です。「小さな幸せを大きく喜べる人」は、いつしか「深い平和」を身にまとうようになります。
このように、心の平和とは、嵐が去った後に訪れるものではありません。それは、嵐の中にあっても神が共にいてくださるという確信に立つ時に生まれるものです。祈りによって、信頼によって、赦しと感謝によって、そしてキリストにより頼むことによって、私たちは「この世にはない平和」を見いだすことができます。私たちの心がどんな状態であっても、神はそこに平和の種を蒔こうと待っておられます。今日から、その種に水を注ぎ、光を当ててみませんか?きっと、私たちの魂にも静かで豊かな平和が宿る日が来るでしょう。
2025年7月号 掲載
天国の鍵(忍耐の実)
ユン·サンホ(ヨハネ)神父
ある日家族に小説を書くと断固宣言した、医師であるA,Jクローニンは、屋根裏部屋の父親が文を書いた部屋を、自分の小説作業のための場所に決め、小説を書くために準備しました。しかし霊感は浮かばず、原稿用紙はずっと白紙でほこりが積もり、3ヶ月のあいだ数百回も「これは無謀な試みだ」と思いました。
医者がメスではなくペンで文を書くのは無理だったと、苦悩の日々を過ごさなければなりませんでした。「ああ、真に愚かな時間だった。私はなぜ小説を書くと宣言したのか!」と悩みました。この時、学校の先生の忠告が思い浮かびました。「頭で止まっていては何もならない。 頭から出たものを文に移しなさい。」 彼は浮かび上がった考えを書き進めました。小説の半ばで、彼は自分の文章をもう一度読み返してみました。構成や文章が支離滅裂でした。「ああ!こんなに多くの時間をかけた日々は支離滅裂だったのか? 夏の夜の夢のように私の小説はむなしく終わってしまうのか? 誰もこの本を読まないだろう。」
彼は怒って原稿をゴミ箱に投げ捨てました。それから頭を冷やそうと散歩に出かけ、夕暮れの野原を歩きました。年老いた農夫がくわで畑の畝を耕しながら彼をちらりと見て尋ねました。小説を頑張って書いていますか?
彼は首を横に振りながら「あきらめました。私には小説家の才能がないようです。」と言いました。農夫はタバコを取り出して吸いながら言いました。「私の父の夢は牧場を持つということです。 父は溝を一生かかって掘って、牧場を作ろうとしましたし、私も牧場を作ろうと今も諦めずに溝を掘っています。いつかは私か私の息子が牧場を作れると信じているからです。」
クローニンは突然思いついて家に駆けつけました。 それからゴミ箱に捨てた原稿を取り出してストーブの火で乾かしました。
もう少し遅かったら、その半分の原稿は使えなかったのです。こうして作り出して完成された小説があの有名な A、J、クローニンの天国の鍵です。希望と忍耐、そして誠実さと目標をもつ人生、それが私たちの人生を豊かにします。西洋の格言に「我慢するのはつらいが、その実は甘い」また「天は待つことができる者にすべてを与える」という言葉があります。
農業を営む農夫が、芸術品を創作した芸術家が、機械を発明する科学者が成し遂げたすべての人類の財産は、すなわち忍耐の人生から生まれたものでしょう。
聖書にも苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む(ローマ5・3)と書かれています。信仰生活も、必ず忍耐と誠実さを元にしなければならないでしょう。神の愛をもって熱い夏に耐えれば、秋の豊かな喜びと幸せが訪れるでしょう。
2025年6月号 掲載
アべムス パパム



